「安らぎ」

なくしたものはかえらない。
初めから欠けているものは、
正しい形を知ることが出来ない。


普通といわれる価値観。
日常の違和感。 当たり前の風景の中に溶け込むのは、
沢山の「ズレ」なのだ。

自ら認識できる世界は、
いくつもの勘違いと、
いくつもの見間違いと、
いくつもの思いこみで構成されている。


「普通」は、ありふれたもの。
石ころのように転がっているもの。
そうでないものもまた、
まるで均衡を保つためだというように、
そこいらじゅうに溢れている。


倒れたプラスチックの入れ物。
強風になびく花。
橋の上は風が強い。
一番眺めの良い場所に置かれた花束は、
悲しみにとけるように地面に抱きついて草臥れていた。
誰かが誰かに贈った花束を横目で見る。
手向けられた花は幸せだっただろうか。
贈られたあなたは、
今どこにいるのだろうか。


高速道路の真下に落ちた靴。
一組の靴。
左右バラバラで、離ればなれで、
互いに居ない誰かを想っている。

「はかない人生でした」

なんて言っているのだろうか。
それとも、
この片方ずつの靴も、誰かのおもいも、
何の意味もなく捨てられただけなのだろうか。


日没後の線路の上から見える冷たいグラデーションの空。
明るい色のイルミネーションが光る観覧車。
空の片隅でゆっくりと回る。
悲しいほど綺麗で、
欠けた電灯をそのままに、
時を刻むよりも遅くまわっている。
電車の通過を待つ線路の上で、
誰かがじっとその時を待ちながら眺めているとも知らずに、
ゆっくりと遅くまわっている。


車通りの多い道路に架けられた横断歩道。
古びた信号機は、
色褪せた、帽子の紳士のシルエットを、
忙しなくチカチカとさせて、
黙って僕を見送ってくれた。


「君は何も悩みごとがなさそうで幸せだ」

皆はそんな適当なことを言う。
その通りなのだろう。
理解されていないと嘆くのは、
きっと正しくないのだろう。
街行く人を見て、
何も思わないのが普通なのだろう。


否、
正しさなど、
誰も求めていないのだ。
それが普通。
普通に歩いて、
普通にどこかへ向かっていく。
周りの誰かにとっての「普通」は、
僕にとって、
あまりにも不自然で、
この上なく居心地が悪い。


僕は救いが欲しい。答えがほしい。


あなたの明日は、どこに存在していて、あなたは何を求めるのだろう。


あなたは明日生きているか。


「彼は消えた」

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