「あなたが世界を忘れたら」

ヤギの瞳が地を滑る
あなたはそれを見るだろう
平たく開いた瞳孔は
地面と平行に傾きながら
あなたを暗い夜へ誘う


猛獣の牙を小人が研ぐ
あなたはそれを聞くだろう
先のとがった靴を履き
主の機嫌をとりながら
白い牙を研いでいる


真昼の月が沈む先
あなたはそれを指すだろう
消えない悪夢が手を引いて
あなたが指したその先へ
銀色の月を地に落とす


グローブ付のおかしなランタン
あなたはそれを拾うだろう
破れたグローブが掴むのは
錆びた持ち手と燃える写真
燃えさしの中に住む者が
灰になるまいと逃げている


写真が燃えおちた時
あなたが持った灯りが消える
すすの汚れを払い落として
泥の足跡を重ねて消して
あなたは目を閉じ耳をすませる


暗闇に並ぶ不確かな拍
秒針がつかえる歯車は
螺子を巻くのと似た音がする
折れた針は時を刻まず
パーティの時間は訪れない


赤い靴は仕舞われたまま
ステップを踏む時を待つ
しっとり落ち着く三拍子か
それとも陽気な四拍子
いま、かちりと何かが鳴った


あなたが世界を忘れたら
焦げたクッキーは元通り
未塗装の額は金に輝き
泡は正しく整列して
虫たちの死骸は動き出す


蝶の声も忘れたあなたは
空の瞬きに手を振って
風船の脚を踏んでしまった
誰も知らない内緒の合図は
あなたの世界と一緒に消えた

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あなたが消えれば世界も消える。あなたの手から広がった世界は、ずっとあなたと共にある。

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