「贈り物」

 ペトラの屋敷にアラードが住み着いて以来、食事を摂るのも、眠るのも、出掛けるのも、すべてが「ふたりで一緒にすること」になっていた。アラードはそうすることを何よりも気に入っていたし、日々一緒に過ごすことを楽しんでいた。一方のペトラは、はじめこそ、どうしてくっついてくるのかと難しい顔をしていた。しかし、今となっては引きはがすのを諦めたようで、アラードのしたいようにさせているといった状態である。ベッドから落ちそうになっているアラードをそっと引き寄せて、上掛けを掛け直してやることもある。アラードは子供のように体温が高いから、横に寝かせておくと温かくて丁度良いのだとか。このようにしてふたりは、ふたりで過ごすことに自然と慣れていた。

 彼女たちが住まう銀の森は、ほかの人間を寄せ付けないようにと呪(まじな)いをかけている。それは主であるペトラ以外が踏み入れれば、二度と森から抜け出せないように迷わせてしまう、といった類のものであるようだ。厄介なことになるといけないと言い、ペトラはアラードをひとりで外へ出すことを許していなかった。そのため、アラードを外に出す際には必ずペトラが同行しており、外に用事がある際は、アラードがペトラへ伺いを立てることになっていた。


「主様、どうしても必要なものがあるので、街へ買い物に行きたいです」
「何を買うの。ミサが出るそうだから、頼んでおくといい」
「いや、あの、主様? 僕、自分で選びたいんです」
「何が欲しいの」
「それは言えません」
「なぜ?」
「それは……まだ決まってないから言えません」


 ここまではっきりしない理由で、アラードが持ちかけたことは今までなかった。というよりも、これまで何かを欲しがるようなことは無かった。与えたものひとつに対する反応が大仰なので、アラードに関心のないペトラでも何かを渡した時は覚えている。過去に一度、アラードが欲しがったので与えたことがあった。彼女が欲しがったのは、ペトラがいつも使っていた手袋で、片方だけでいいから欲しいといってきかなかった。大好きなペトラが身につけているものを、自分のそばに置いておきたかったのだろう。ペトラはあまりにしつこいので仕方がなく右手の手袋だけを渡した。以来アラードは出掛ける時はきまって、それを嵌めている。ペトラの方は片方だけをつけて歩くのは嫌なようで、それきり使わなくなってしまった。ふたりは出掛けるといっても屋敷の外の森を軽く散歩する程度。必要な買い物など、大体の用事を召使いのような存在であるミサに任せているので、ペトラがわざわざ赴く必要はない。
 今日のペトラは出掛ける気がなかった。アラードがよくわからないことを言っているなあと思いつつ、本を読む片手間に適当に訊き返しているだけである。それに今は読書に夢中なので、アラードの相手などをしている場合ではないのだ。


「主様、僕、お出かけにいきたい……」
「そう」
「一緒に行きたいなあって」
「そう」
「主様、聞いてない」
「聞いている。私は行きたくない、行かない」


 お前のよくわからない理由に付き合えとでもいうのか、とアラードを一瞥する。当のアラードは困惑している。ここまで拒否されるとは考えていなかったのだ。ペトラがすぐに着ていけるよう服も見繕ってあったたし、屋敷内の掃除は一通り済ませておいた。二つ返事ですぐに行けると思っていたので、あらかじめ準備を済ませていたのに、ペトラは今も読書に夢中。ペトラの方も、アラードがここまで食い下がるとは思っていなかった。彼女は一度言い出すとペトラが頷くまで折れない。意地の張り合いというか、我が強い同士というか、そういった点でふたりは似ているのかもしれない。今日のふたりも例によって譲らない。アラードは一向に目的を言おうとしない。ペトラは一向にアラードの申し出を聞き入れようとしない。


「主様は何か欲しい物は無いのですか?」
「ない」
「何か食べたいものとか、新しい本とか、新しいお召し物とか」
「今日はシチューにしようか」
「欲しい物は……」
「ない」
「主様、本当に聞いてますか?」
「お前こそ。私は『ない』と言っているのに」


 顔を見合わせたふたりは、相手の言葉がわからないといった顔をする。アラードは変わらず目的を言わないし、ペトラは譲歩する気がない。しかし、目的を伝えたからといって、ペトラが「それなら一緒に出よう」というかと問えば、それは困難かもしれない。アラードもそれを分かっている。


「どうしてそんなに食い下がる」
「僕はただ……主様に贈り物を選びたかっただけなんです。でも、何が良いか分からなくて」
「そう」
「あ、主様が、プレゼントは僕がいいって言うなら別ですけど」
「それは要らないかな」
「……そうですか」
 
 いつも見ているのだから、あのひとのことならよく知っている。そう思っていたアラードだったが、大好きなペトラにとって一番の贈り物は何なのかが分からなかった。考えれば考えるほど、わからないことがふえていく。彼女が好きな花の色も知らないし、彼女がいつも好んで読んでいる本の内容も知らない。お気に入りの洋服も、すきな香りも、何一つ知らなかったのだ。


「じゃあ、今日の夕食を作って」


 アラードはきょとんとする。普段の食事は、特に作る係は決まっていない。ペトラはミサに任せることが多いが、屋敷に居る誰かが代わるがわる作るので、ペトラ自身が作ることもある。アラードを拾ってくる前は、ペトラはひとりで家のことを済ませながら暮らしていたので、生活にかかわる一通りのことは、全て自分一人で行える。しかし、アラードが「お役に立ちたい」だとか、「僕は家事ができるのでお屋敷においてください」などと言うので、仕方なく、屋敷内の掃除を任せていた。そんな彼女が夕飯の支度を任されたのである。


「お前が料理を振る舞ってくれれば、私はそれを食べる。お前が渡して私が受けとる。これなら贈り物をすることと大して変わりはないだろう」
「主様、喜んでくれますか?」
「うん」
「僕、はりきって作りますね! それで、何をつくったらいいんでしたっけ?」
「お前、また聞いてなかったのか」
 
 上機嫌なアラードは、おもちゃを与えられた子犬のようにはしゃいでいる。嬉しそうに振る尻尾が見えてきそうなほどだ。きっとふたりは、今日も笑顔で食卓を囲むのだろう。

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番外編なので本編には関係のない話。ペトラとアラードの、いつものちぐはぐな掛け合い。※加筆修正版

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